いるぼん本室からダダモレした萌えの集積救済所。キムナムギル、成均館、イジェフンネタ多し~。
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‘建築学概論’イ・ヨンジュ監督、男涙‘ぐいっと’抜く映画“私の人生の片思い払いのけましたよ”
‘初恋反省文’、‘初恋報告書’等で呼ばれる‘建築学概論’は封切り2週ぶりに観客160万人をふわりと越えて興行追求をしている。 おもしろいのはガールフレンドあるいは妻の手に引きずられて‘やむをえず’メロ映画を見た男性観客が自発的に劇場を探しているということ。 ‘私一人で’映画を観覧する男性観客も多くて見てまた会う人もいてさらに男性たちが群れで観覧するめったに見ない風景まで広がっている。

‘私たち皆は誰かの初恋だった’というコピーのように映画は純粋だった時期患った初恋の発熱とかすかで大切なその時期の記憶に関する話だ。 15年の時間差を置いて過去と現在を交差して聞かせるソヨン(スジ)、ハン・ガイン扮)とスンミン(イ・ジェフン、オム・テウン扮)の話は結局私たち皆の話という点で大きい共感を形成する。

陳腐で明らかなこともある初めての愛の物語だが観客がこっそりと自らの姿、自らの話を投影できる程余白の美がある。 多くのことを省略してさらに切ないというだろうか。 しかも‘過去’の話はリアリティーが生き生きした1990年代初期を背景に繰り広げられて前だけ見て忙しく生きたこれらに一歩立ち止まって過去の時期の記憶を十分にかむようにする。 映画の中オリジナル サウンド トラック(OST)のようにそれこそ‘記憶の習作’だ。

果たしてこういう映画を作った監督は誰か。 イ・ヨンジュ監督は映画の中現在のスンミンと非常に似ていていた。 スンミンがソヨンの家を完成するまで何と15年がかかったとすれば、この監督が‘建築学概論’を完成するには8年越える時間が必要とされたのでこれもまた似た形だ。

ウェル メード恐怖物と評価された‘不信地獄’に続き今回が二番目作品. 延世(ヨンセ)大建築学と90年度入学生で‘記憶の習作’を呼んだ展覧会キムドンリュル(92年度入学生)と先後輩の間という点などが知らされてそれに対する好奇心も増幅された。

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男心を泣かせる映画で有名です。 同じ‘初恋’であるが男観客がさらに熱狂する理由が何かです。

私がよく分かる感情を使おうとしました。 それはまもなく日常的な話ということでしょう。 そうするうちに男側に偏ったことでしょう。 彼女をどれくらい愛したかでなく誰かを好きな単純なその感情をいいたかったです。 今の私より年齢が幼いお母さんに対する記憶、その時生きた家に対する記憶、その時愛して痛かったところで、する記憶らのことですよ。

男は初恋を忘れることができないというでしょう。 そうしては違いましょうか。

女たちはなぜしないでしょう? 男女の車でなく個人差ではないでしょうか。 初恋は誰でも記憶して大切に思わないですか。

監督本人の経験はどこまで入っているんですか。

ストーリーはみな想像でしょう。 ただし‘私のガールフレンドを先輩がひったくればどのようにするだろうか’という式の恐れのようなものありました。 私もやはり片思いをしてみたことはあるがスンミンは‘ジチル’するでしょう。 映画だからさらに小心に行ったことでしょう。

あちこちに‘ゴマ粒同じ’ユーモア コードがあるんですが。 “私が浪人するのもくやしいが勉強まで熱心にしなければならないのか?”と話していたナプトゥギが代表的人物繋ぎましたし。

そうでなければ退屈になるかと思って最大限明るく使おうと努力しました。 ロマンチック コメディ直前まで行って、しました。 予想地点で的中したのもあってよ。

2003年に草稿を書き始めて封切りするまで8年がかかったので愛情がすごいです。

執着は決してなかったです。 今や封切りすることができたら、それにもかかわらず、必ずとるべきで、しはしなかったでしょう。 未練なしで捨てたでしょう。 私は映画的に価値があると感じたし興行も可能だと考えました。 そうするうちにシム・ジェミョン代表も大丈夫だといって製作になったことだよ。 万一、ミョンフィルムでならなければ忠武路でならないと考えて‘私の考えが違ったんだな’とやめたでしょう。 この映画で私が面白がるのを人々も面白がるのか確認受けたかったです。

その‘確認’を受けたので自信を得たでしょうね。

もう一つの感じをつかんだようです。 映画を始めたのは私が好むのをするためにだったがそれを大衆が好んでくれなければならないでしょう。 映画は大衆商売でそれがならなければ前職を考慮しなければならないから。 ところで大衆性はしん気楼のようです。 私が建築をしたが本当に皮肉なのが建築する人や映画人でも全部‘私が才能があるか’悩んで生きます。

それを確認受ける年齢になればすでに元に戻すのが難しい時点でしょう。 二編の映画をする間私もやはり才能があるのか悩んだし多分次の作品にもそうだと思います。 いつかキムデオ監督様がこういう話をしました。 他の業務は10年すれば容易になるのに映画は毎度最初に始めるとくやしいと。 その話が合います。

建築学と出身というプロフィールのためにも話題になりましたよ。

私たち課だけで監督が4人出てきたのです。 決して特異な履歴ではありません。 建築と映画は低賃金であること、創作をするということ、文化指向性があるということ等等多いのが似ています。 何よりシステムが似ています。 多分他の職業をして映画側に越えてきたらできなかったでしょう。 設計士事務所に通う時その当時物価で4000~5000ウォンするご飯を食べたが、ここに来てみると2000ウォンのご飯を食べなければなりませんか。 会社止めながら手帳を買って家計簿を使い始めましたから。

険しい道だということを知って入ってきたのではないのですか。

私が理科出身だと計算するのを好みます。 設計士事務所を止める当時4年目だったが国際通貨基金(IMF)管理体制になりながら年俸が新入社員年俸の2000万ウォン台序盤でさっと削られました。 当時映画演出部をすれば1年年俸が500万ウォン程度なったが、それでは設計士事務所に比べて1年に1500万ウォン程度を儲けられないで、そのように3~4年ならば5000万~6000万ウォンであることでしょう。 その程度費用は甘受できると考えるのです。 何と8年がかかったので結果的にはるかに損害だったが。

建築も良くて始めたと思いますが。

建築する時は他のところ眼差しを向けないで熱心にしました。 映画版にくる時は会社にとても通うのが嫌いでした。 大学時期写真部サークルに聞いて映像に対する関心が多かったこと映画を契機になったことでしょう。 ‘殺人の追憶’演出部末っ子で始めたのが32才の時でした。 設計士事務所に通ったといえば皆ああしてやめるだろう、と私を蔑視しましたよ。 漠然として広くて果てしなかったが、死守でポン・ジュノ監督様に会ったのが天運でした。 ‘殺人の追憶’後でまた建築に帰るか悩みましたよ。 その時ポン・ジュノ監督様がしようとするなら正しくしてでなければやめろと、それでついに何もできないといわれましたよ。

監督様に建築という愛憎の存在であることのようです。

今回の映画が私には色々なものを叩いて行くという意味があります。 永らくつかんでいた‘建築学概論’を払いのけるのがその最初ならば、とても愛して熱心にした私の人生の片思いの建築を叩いて行くという意味もあります。 ‘不信地獄’を使いながら今回の映画の済州道家建築を引き受けたク・スンフェ所長(この監督とク所長は延世大建築と動機で20年親交の友人だ)に“これならなければ君の会社に代理で受けてくれ”と冗談を言ったりもしたが、建築を止めたのは全く未練がないです。 幸せに暮らすのは性格であって職業があたえる幸福はないようです。 私が持たないことために他の人がうらやましいだけでしょう。

この時点でまたたてた人生計画があるんですか。

設計士事務所に通う時課長さんが3年後、部長さんが10年後、所長様が20年後私の姿でしょうにどこの誰もうらやましくなかったです。 映画版は1年後が予想にならないから不安だが、それが私には動機付与になります。

好みがよく合うんです。 計画はないです。 ただしワナビーがあるだけでしょう。 ひっくり返らなかったら良いということ。 ‘建築学概論’は製作を始めたこと自体が奇跡のようなことでした。 熱心に生きれば興行はおまけについてくることはできるだろうが、それを目標に生きはしないです。

[韓国経済 2012-04-18 09:15] 元記事はこちらから

※熱心に生きれば結果はおまけでついてくるということで^^
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