いるぼん本室からダダモレした萌えの集積救済所。キムナムギル、成均館、イジェフンネタ多し~。
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映画‘建築学概論’
映画‘建築学概論’が興行をしている。 これは建築専門家のための映画ではない。 オム・テウン(スンミン)とハン・ガイン(ソヨン)が主人公に出てくる初恋に対する‘かすかな思い出と記憶’、切なくて素朴な愛の物語だ。 家作る過程と愛という素材を自然に連結して退屈でなく適当な緊張と笑いを与えている。

初恋に会った建築学概論授業時間、その後15年がすぎて別れたスンミンが勤める建築会社事務室をいきなり訪ねて行ったソヨンは家を建ててくれと依頼する。 設計図を確定していく過程、家が完成されるようになる長い旅程の中の理解と葛藤、解決の過程の中で初恋を記憶する。 そして追憶して過去と現在が重なって愛と建築の話が連結される。 初恋が気になって尋ねてきたというソヨン、現実の顧客になった彼女と建築家で会ったもう一つの初恋のスンミン、その愛の物語の中に建築設計の根本といえる場所と空間に対する理解、その理解のための‘思い出と記憶’話がよく溶けている。

▼若干ネタバレありにて下にしまいます~。


家が新しく完成される。 そちらには幼い時期背が伸びたのを表示した思い出の跡が赤いレンガ壁に残っていて、井戸の周り足跡があった所は魚がある小さい池に変わっている。 過去の記憶を生き返らせて追憶するようにする記憶の装置物で登場する。

こういう要素は新しく作られた家を心安らかにして、不慣れではなくする。 人の記憶と思い出が家だけで重要なのではない。 こういう記憶の空間と思い出の場所は私たちの町内と都市でもそのまま大事に保管されるのが必要だ。

大学時代スンミンとソヨンが生きた貞陵(チョンヌン)町内風景も今は消えて探し難いソウルの過去の姿を見せている。 家合間合間に狭い路地が生きていて、その路地の間を歩く時過去の瓦の家と改良韓国式家屋、近代式スラブ集らの軒と外壁が演出する風景が生きている。 こういうチョン・ギョウン町内は再開発と再建築、ニュータウンもなかった時期の平凡な町内の姿だった。 私たちはこういうものらの大切さをたくさん失った後、今や少しずつその価値を認識していく建築と都市政策に慰められてみる。

私たちは絵や音楽を日常的だと考える。 しかし建築ははるかに日常的だ。 家とその他建築物、都市の設計と完成は専門家たちの助けを受けるが結局には‘私たちの’が作って、その中で生きるということもまた、全部‘私たちの’なので‘建築をする。’というものは私たちの人生であまりにも日常的なことであり大切なものなどだ。 そして建築は‘人生を入れる器’を作ることで、建築は人生の文化を内包している。

映画中授業時間にこういう場面が出てくる。 教授が学生たちに‘この都市に対してよく知っているか?’と質問をする。 ‘本人が生きている都市や町内、そして家に対して理解をし始めたことから建築に対する勉強の開始だ’と話して次のような宿題を渡す。 ‘自身が生きる町内を旅行する。’と… ‘町内、路地、家など自身が住む所に対して愛情を持って理解を始めることが建築学概論の開始だ。’と話して講義を終える。

建築学概論は建築専門家だけのための概論でない。 そのような意味で‘初恋’と‘建築’の接続させた映画‘建築学概論’は今一度建築が持つ本質的ことを再確認するようにする。 建築の本質は愛から出発して、これは人の人生のための空間と環境を作る基本学問というものを…建築は人文学を土台にした基本学問で、人生の学問であり、持続可能な環境のための学問でもある。 そして建築学概論は私たちのための‘人生の概論’になったりもする。

<パク・ホングン建築会社・全南大兼任教授>

[光州日報 2012-04-11 00:00] 元記事はこちらから

※建築学概論の授業、聞いてみたくなったりする(爆)。
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