いるぼん本室からダダモレした萌えの集積救済所。キムナムギル、成均館、イジェフンネタ多し~。
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“‘太陽抱月’私だけのドラマでない視聴者のもの”
[インタビュー] MBC ‘太陽を抱いた月’キム・ドフンPD

視聴率高空行進! MBC <太陽を抱いた月>銀(以下<太陽抱月>)毎回自らの視聴率を更新して最終回も42.9%(ニールセンメディアリサーチ)をとって終えた。 これで‘ドラマ王国’ MBCは最近視聴率不振の汚名を脱ぐことができた。 欠放危機! MBC労組ストライキでドラマPD総会が製作拒否を決議しながら<年の中月>は2回分放送を控えたまま欠放に達した。

ドラマPDとして一度体験することも骨を折りそうである甘さと苦い味を同時に経験したキム・ドフンPDを去る17日午後ソウル、汝矣島のあるカフェで会った。

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インタビュー当日は<太陽抱月>鐘方椽次の日だった。 昼夜なしに3ヶ月超えて駆け付けたあげく最後の公式日程だった。 一層さっぱりするとみられるキムPDに先に所感を尋ねた。 “初めてスタッフ会議で現実と非現実の境界が曖昧なドラマを作りたいと言いましたよ。 今がぴったりそうします。 何が現実なのか非現実なのかよく区分が行かないほど終わったことが信じられません。 映画<トルーマンショー>のように誰か私を起こして‘もう現実だ’と言わなければならないようですから。”(笑い)

このように有終の美をおさめた<太陽抱月>放映終了過程は簡単でなかった。 <太陽抱月>の結末は沸き上がった人気ぐらい視聴者たちの焦眉の関心事だったがキムPDはMBC労組ストライキにより放映終了を控えて2回分欠放という類例がない決定を下した。 キムPDは“決定を下した数時間が人生で最も長かった”として“組合員として大義に同意したが永久欠放されることがありえるという考えに葛藤が激しかった。 結局どんな決定でも非難される状況だと私の道を行くことにしたし撤収決定を下した”と話した。

また、キムPDは“現場で撤収したが永久欠放は反対した。 <太陽抱月>は‘私だけのドラマ’でなく‘視聴者のドラマ’になった状況だったためだ。 撤収した翌日撮影会場に復帰して結び目を作ることができた”と付け加えた。 このようなキムPDの決定を置いて‘せいぜい一日撤収か’という叱責も続いたが放映終了時点が遅れることによって出演陣のスケジュールがこんがらがれば‘列訴訟’に広がることもできて‘欠放’を選ばない以上最善の選択であったということが彼の説明だ。

このように<太陽抱月>は紆余曲折の末視聴率42.9%を記録して‘大当たり’ドラマで終えられたが実は開始から難航していたという。 最近数年間MBC水木ドラマの視聴率浮沈が大きかった。 昨年には編成局が出口戦略の一環でドラマ<君は私に恋をした>をお目見えしたがこれさえも惨敗を免れなかった。 これにMBCはキムPDを救援投手で指名して<太陽抱月>のメガホンを与える格別の措置を下したという。 しかしキムPDは<ロイヤルファミリー>を終わらせて4ヶ月ぶりに史劇<太陽抱月>を引き受けるには物理的・時間的余裕がなくてさっさと出られなかったという後聞だ。

“事実<ロイヤルファミリー>を終わらせてまもなくたくさん逃亡通いました。 上から色々な脅迫と懐柔終わりに引き受けることになったわけです。 (笑い)実際に引き受けたが最小限の条件も保障にならなかったんですよ。 すでに<ケベク>、<武神>等史劇が放映中や準備した状態と人材、美術チーム、助演出、セット場まで不足したのです。 それで人々を急き立てて不機嫌な声もしましたよ。”

事前作業の進展は血がにじむほどだったが<太陽抱月>は放送初めから視聴率20%を突破して関心を集めた。 ヨ・チング、キム・ユジョンなど子役の熱演は10~20代視聴者だけでなく40~60代まで多様な年齢帯の注目をひきつけた。 キムPDは“子役だが大人たちの縮小版だった。 子供たちだが互いに死んで住めない愛の話を描いて真剣に作ろうと思った”と話した。

このようにキムPDの演出力はキャスティングで目立つ。 プロ少年と成人の中間地点に立った模倣した年齢帯の俳優らを子役で大挙指名した。 <太陽抱月>の人気は子役と主演級をはじめとしてこれらを強固に支えるキム・ヨンエ、チョン・ミソン、チョン・ウンピョなど助演らの名演技があったので可能だったというのがキムPDの説明だ。 当初<太陽抱月>は若い層だけを大切にしたことでない多様な年齢帯が見ることができる史劇を作ることにしたので比重ある助演らを交渉したということだ。

“特にチョン・ミソン氏の役割が大きかったんですよ。 <ロイヤルファミリー>時長男の嫁ユンソの役割キャスティングに難航していた渦中年末授賞式にちょっと厚化粧したチョン・ミソン氏が画面にぴったり捕えられた瞬間‘あの姿がユンソだ’という感じがきてすぐに連絡しましたよ。 素朴なイメージでだけ見なされたチョン・ミソン氏は実は善と悪が共存した姿を持ってチャン・ノギョンの役割に適当でした。”

また、キムPDはファンタジー史劇に似合った‘イメージ’演出にも心血を注いだ。 <太陽抱月>は蝶が飛び込んだり花びらが舞い散る姿、呪術を広げる姿などコンピュータグラフィック(CG)効果があちこちであらわれる。 キムPDは“<太陽抱月>で叙事とイメージを強調したかった”として“色感と質感を強調したカメラを使って色再現をいちいち指定する後半作業を進行した”と話した。

色感表現は美術と衣装でも続いた。 キムPDは既存史劇では過度に中国風発色に対する偏るということが大きいと感じたという。 それで彼は我が国朝鮮時代の美しい色を探したくて美術チームに青緑色、ひすい色、トーン ダウンした赤色などを書くことを注文した。 キムPDの繊細な演出のおかげで視聴者たちはファンタジー史劇の魅力を味わうことができた。

このように<ロイヤルファミリー>、<太陽抱月>を連打で成功を収めただけひたすら常勝疾走だけしそうなキムPDにも人知れない精神的苦労があったという。 キムPDは2008年<スポットライト>の視聴率不振にドラマ局でない部別左遷されたという。 キムPDはドラマPDとしての自身を見て回る機会になったと回想した。

“ドラマを止めろとの声を多く入りましたよ。 心理的に大変でした。 当時プログラムの送出確認をするのが業務だったがプログラムをずっと見るから大衆が何を望むのかが分かりましたよ。 前は私がしたい話を解きほぐしたとすればその時からは人々が見たいドラマを作るのが重要だという気がしましたよ。”

以後ドラマ局に復帰したキムPDの手で<ロイヤルファミリー>が誕生した。 キムPDは<太陽抱月>撮影して忙しい渦中にもツイッターを通じて時々現場便りを伝えた。 キムPDは“視聴者に謙虚に耳を傾けるのが重要なことを悟ることになった”と話した。

最後にキムPDに今後ドラマ計画に対して尋ねるとすぐにキムPDは“三種類の話をドラマで解きほぐしたいが三種類が何かは秘密”としながら笑って答えた。 キムPDはついに‘秘密’を明らかにしなかったけれど視聴者としてキムPDの‘新しいドラマ’に会ってみることができるのを期待してみる。

[PDジャーナル 2012-03-19 17:16:01] 元記事はこちらから

※欠放当時の苦しい葛藤が伺えます。。。
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