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‘太陽を抱いた月’放映終了、まさにこれがベストですか?
※終映後記事のため基本ネタバレが含まれます

MBC ‘太陽を抱いた月’が大詰めの幕を下ろした。

1月4日初放送後連日大きい話題を集めて‘国民ドラマ’隊列に上ったMBC ‘太陽を抱いた月(以下太陽抱月)’が15日放送で放映終了した。

その間視聴者たちの期待と応援を受けて水,木の楽しみを抱かせた‘太陽抱月’は放映終了する直前の瞬間まで大衆のこの上なく大きい関心を受けた。 しかし‘最終回’を合った‘太陽抱月’は一方的展開と劇の擦れ違った焦点により説得力を失ってその間積み重ねた‘名品ドラマ’、‘国民ドラマ’という名声を一度に押し倒した。


当初から‘太陽抱月’の中心は‘宮中ロマンス’であった。 だから俳優らの年齢も低くなれたし、以前史劇で見られなかった各種面白味らを誘発することができた。 このような理由によってファンタジー‘史劇’だが政治と母方の親戚勢力は二人の運命と愛を極大化させる装置でだけ利用された。

しかし劇が展開するほど主客が転倒されるように二人のロマンスは母方の親戚勢力の後に遮られたし、多くの人々の望んだいわゆる‘ぐつぐつしたロマンス’は痕跡をなくしてしまった。 ドラマは突然‘ロマンス’よりは‘権力争い’、‘勧善懲悪’に焦点を合わせることになったし、その間で筋道をつかめない劇は擦れ違った方向に展開した。 だから最終回で多くの人々が死ぬ‘大惨事’が起きたし、劇から消えたその多くのこれらの死が内包する大きい意味がまともに表出されることができないのと一緒に単純に二人の幸せな結末のために犠牲にあったように見なされることになった。

劇の誤った焦点は展開速度の問題を産むこともした。 最も速くなければならなかった時最ものろかった展開は劇後半部に行って‘ハッピーエンド’を描き出すために‘暴風展開’という大惨事を産んだ。

6回に記憶を失ったヨヌが14回に行って自身の正体を知ることになりながら、自然にその間の無数の時間はお互いに対する粗雑な感情確認、事件暴くなど無駄な歳月に変貌することになった。 だから事件の転末が明らかになった後20回に合わせて‘ハッピーエンド’を見せるために多くの人々が一度に死んで、二人の甘い愛の花咲く間もなしで原子価誕生した。 このように突然展開は劇の説得力まで失うようにさせた。

特に‘太陽抱月’の最も大きい残念な思いをする部分は原作にとても忠実だったとのことだ。 もちろん劇の中間にディテールな装置を挿入したりしたがそれだけで劇的面白味を生かすことは非常に不足した。 最終回だけでも製作スタッフの姑息な手段を発揮したとすればこの程度の‘大惨事’は起きなかっただろう。 すべての視聴者たちの関心を集中させた陽明の死に対する‘反転’の面白味までなかったので最終回は今まで放送されたことの中で‘最もつまらない回’で記憶された。

当初から原作に忠実にするなら派手な映像美や俳優らの‘狂った演技力’等‘見どころ’でもなければならなかったはず。 それもないならその他ドラマがそうしたように‘第2の創作物’という名の下無限の想像の翼でも広げなければならなかっただろう。

もちろん長編小説を20回中に縮約させるために困難も従ったが、その20回中に何を入れなければならなくて何を捨てるべきかをまともに選び出すことが出来ない製作スタッフは最終会議‘大惨事’をそっくり抱え込まなければならないだろう。 ‘宮中ロマンス’で始まって‘血の海’で終わった‘太陽抱月’。 だから放映終了を迎えたのに感動と涙が入り乱れた熱い拍手を受けることができない。

[韓国日報 2012-03-16 10:00] 元記事はこちらから

※辛口だあ(>_<)

とりあえず赤コメ省略でアップに専念します~。
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