いるぼん本室からダダモレした萌えの集積救済所。キムナムギル、成均館、イジェフンネタ多し~。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告 | top↑
歴史の中で答を求めろ [cine21史劇特集2/5]
忠武路が史劇製作に熱を上げる理由は何だろうか

史劇が忠武路のブルーチップに浮び上がっている。 光海君の隠された秘密を素材にしたファクション史劇であり、イ・ビョンホンの初めての史劇出演で話題になった<私は朝鮮の王だ>(仮題)をはじめとして朝鮮時代氷貯蔵庫を囲んだコミック史劇<風と共に去りぬ>、世宗が王になる前乞食と席を変えて体験する社会像を描いたコミック史劇<私は王である>、1人の女性を囲んだ王と内示の愛と欲望を描いた<後宮:帝王の妾>などが撮影中や撮影準備中だ。 朝鮮時代観相屋を通じて暗い世相を光を当てたハン・ジェリム監督の<観相>、伝令と彼に対抗する勢力間の対決を描いたクォン・ジョングァン監督の<伝令>、思悼世子のミステリーある死を扱ったキム・ハンミン監督のスリラー<忠臣>、朝鮮の玉砕を飲み込んだおばけ鯨を囲んだ山積と海賊の対決を描いたチョン・ソンイル作家の<海賊>等も現在の製作準備段階だと知らされた。 水面上に浮び上がった作品がおよそ八編、まだ企画あるいはシナリオ段階にある作品まで加えるならば史劇の物量はその倍に達する。

昨年韓国映画興行1位をした<最終兵器弓>でも<朝鮮名探偵:トリカブトの秘密>この市場でおさめた興行の成果と脈を引き継ぐ鼓舞的な試みだ。 ‘過去’はもう忠武路が目を大きく開いて見守らなければならない‘明るい未来’だ。 ロッテエンターテインメントのイ・ジンフン チーム長は“入ってくるシナリオを見れば史劇が20%程度は多くなったようだ”と話す。 そうであるかと思えばNEWのチャン・ギョンイク理事は“多くなったと見る訳には行かないが、時期的に何本が集まるようだ”として“直ちに史劇編数が多くなったことよりは史劇に対する偏見が減ったとのことが重要な変化と見える”と説明する。

ss20120304-23.jpg ss20120304-24.jpg


ドラマで触発された熱風

史劇ブームと関連して最も難なく類推できる理由は最近ぐんぐん増えた史劇ドラマの影響だ。 すでに去る2003年TVドラマ<茶母(タモ)>と<大長今>が既存史劇ドラマの典型を破って好評を受ける時、映画<スキャンダル-朝鮮男女相悦之詞>と<黄山ヶ原>などのフュージョン史劇が作られたという点を記憶することができる。 史劇ドラマの視聴者がすぐに史劇映画の観客である以上、お互いがかみ合わさって史劇の領域を広げているという話だ。 最近になってTVドラマにファクションを基盤としたフュージョン史劇が増えながら正統史劇とは違った新しい形態の素材、ジャンルの史劇ドラマが着実に開発されている。 おかげで既存正統史劇と明確に他の20,30代観客層が史劇の固定ファンに流入している。

毎回視聴率を更新して史劇熱風を追い立てた<太陽を抱いた月>の場合が代表的だ。 ドラマ開始前にすでに虚構であることを明示するという点で<太陽を抱いた月>は既存史劇のタブーを破る。 イフォンは朝鮮の王であるだけ正確にどんな王なのか指し示さない。 彼が広げる切なるロマンスもやはり全部作家が作り出した100%のフィクションだけのことだ。 史劇ならば当然に提示されなければなければならないと感じた特定時代と人物、歴史的事実に対する考証が皆消えたという点は今の史劇が持った変化を見せる克明な例だ。 史劇が守らなければならない常識に対する挑戦は最近史劇ドラマらでよく見ることができる要素であり成功要因だ。

<成均館スキャンダル>は人物の台詞と状況設定が皆現代劇に基づいているという点で既存の正統史劇とは明確に区分される。 <根深い木>のイドはハングル創製という業績を行うと同時に、‘馬鹿な行動’という話をはばからないで吐きだす。 タブーを破った史劇はもう王に悪口までさせることができる勇気を持つことになったのだ。

パク・サンヨン作家は“史劇がタブーを破り始めながら今は王に悪口までさせる勇気を持つようになったことだ。 結局映画でもドラマでも今からはさらに上のものが出てくるほかはない。”一緒にハリウッドに比べてファンタジージャンルが弱い韓国の場合、史劇はコミック、アクション、メロなどのジャンル変奏を通じてファンタジージャンルを構築できる良い道具と認識されたりもする。

もちろんドラマが見せた想像力とよどみない設定、多様なジャンルの試みがそっくり映画製作に移ってきたと見るのは無理という見解も存在する。 <チュノ>の、チョン・ソンイル作家は“一方企画するのに2年ほどが必要な映画製作システム上昨年から続く史劇ドラマのブームが映画に移ってきたと見ることはできない”と話す。 “だが、史劇ドラマの人気が高まれば、明確に映画側で史劇に対する雰囲気も広くなるだろう。 また、ドラマに比べて虚構とファンタジーをさらに多く加味する史劇映画のおかげで史劇ドラマでも歴史的事実に対する考証を明確にしなければならないという境界がかすんでくる傾向があるようだ”として史劇と映画の影響関係を表明する。

規模は大きくなって製作費は低くして

それなら今映画関係者たちが眺める史劇の可能性は何だろうか。 <後宮:帝王の妾>の、ファン・ユンジョンPDは史劇の強力な点を‘自由だということ’で挙げる。 “現在ではないということは表現と想像において無限の可能性を与える。 特に史劇がたくさん作られながら史劇に対する固定観念もますます消えている。 <淫乱書生>でも<ファン・ジニ>の時守らなければならなかった表現の部分が今は変形されることができる。 過去の制約を回して考えてかえって、その制約を破る試みができる。”

<私は朝鮮の王だ>を企画開発したCJ E&Mのキム・ポヨン課長は“あえて現実を直接的に取り上げ論じなくても史劇は観客が簡単に共感して負担なしで理解できる長所がある”と話した。 そうであるかと思えばイ・ジンフン チーム長は“プロットの興味を高めることができる強力な点”を挙げる。 “過去を舞台で置けば、当然身分制度と男女区別の問題、何より王の存在感を意識するほかはない。 それが制約であることもあるが、かえって話の可能性を高める要素になり得る”と伝える。

チャン・ギョンイク理事は“リアリティーから自由なだけ素材の多様性が高い”と話す。 “観客に史劇は優遇される面があると見る。 エロチック ジャンルで見る時も現代物と違う次元の期待を受ける。 アクション ジャンルで見る時も現代物より費用は少し要りながらより大きい効果をみることができる強力な点がある。 何より歴史を根拠とするだけに、実話を基盤としたという点で敏感に反応するように見える。”現在の映画界で議論中である史劇が大部分コメディやミステリーなどのジャンルで拡大した形態を見せることもまた、そのような脈絡でつくことができる現象だ。

事実このような長所にもかかわらず、同じ条件の現代劇より2倍以上の製作費が策定される史劇の製作は容易ではない選択だ。 しかし映画関係者たちは大型化を試みることができるという点がかえって史劇の長所だと話す。 うまく接近するならばブロックバスターでの進入もそれだけ易しいという言葉だ。 再来年を目標に史劇を準備中のある製作者は“史劇シナリオは以前にも少なくなかった。 それでも唯一今年たくさん製作に入るというのは考えてみるだけのことだ。 今の史劇ブームはもう少し構造的な問題で探ってみなければならない”と話す。

“市場ではより大きい映画、より数えた映画に対する要求が広まる。 20億~30億ウォン台のロマンチックコメディが以前のように製作されることはできない状況だ。 史劇が解決策になることができる。 似たアイテムでも規模を大型化することができるためだ。”彼は“<7鉱区>や<マイウェイ>のような大作映画が市場で苦杯をなめたが、相変らず忠武路は大きい作品に対する要求をしている”と強調する。

したがって史劇は現実的な大作として機能することができる。 <私は王である>を準備中のカン・ヨンモPDは“最近製作される史劇の規模は50億ウォン台内外だ。 史劇すれば100億ウォン台程度でこそ可能だったことと違い明確に製作費がダウンした。

<ピョンヤン城>のように大きい規模のオープンセットを作ったり<最終兵器弓>のように大型アクションシーンが多い場合を除いては史劇といっても経済的運用が可能になり得る。 製作会社が史劇により難なく飛び込むことができる理由でもある。” <私は王である>の純製作費は46億ウォン程度、スタッフ、人件費などは現代劇と似た20億ウォン台、残りが美術費で策定される。 美術費の場合、新しいデザイン、美術などの演出で合理的運用が可能になった部分で、フリープロダクションを徹底的にすれば費用節減が可能だ。

<後宮:帝王の妾>の、ファン・ユンジョンPDやはり史劇の純製作費が以前より少なくなったということに同意する。 “宮中劇で限定された過去とは違い各作品の素材に合うように規模が縮小されることができる。 超即位式同じ象徴的な場面が必ず表現されなければならなかった以前史劇と違い、今はもう少し人物や事件の集中的な細部描写だけで場面を演出することができる。 コンパクトな場面運用が可能になったのだ。”

このように規模が確保された史劇が市場で持った長所も明確だ。 NEW韓国映画チーム キム・ヒョンチョル チーム長は“史劇の独特の時代背景と演出は海外ブロックバスターと比べても遅れをとらない確実な差異点を持つことができる”として“映画で製作される場合、ドラマで見せてくれなかったジャンル表現の限界のようなものが補完されることができて、観客に肯定的な反応を引き出すことができる”と伝える。

イ・ビョンホン、チャ・テヒョンも史劇に挑戦

史劇ブームを起こしたところは俳優らの参加も大きかった。 撮影分量が多くて語り口が決まったところで来る負担感のために史劇が以前から俳優らの忌避対象1号だったら、最近では状況が大いに変わった。 特に<善徳女王>の、コ・ヒョンジョン、<根深い木>の、ハン・ソッキュにつながるトップキャスティングが俳優らの史劇進入障壁を一層低くした。 <朝鮮名探偵:トリカブトの秘密>の、キム・ミョンミン、<最終兵器弓>の、パク・ヘイルなどぐんぐん増加したトップ俳優らの史劇映画進出もやはり史劇ブームを後押ししてくれている。

特に<私は朝鮮の王だ>の、イ・ビョンホン、<風と共に去りぬ>の、チャ・テヒョン、<私は王である>の、チュ・ジフン、<後宮:帝王の妾>の、キム・ミンジュン、キム・ドンウクなどが史劇映画に初めての挑戦をして関心を集めている。 製作会社らペク・ジョンホン立場では規模が大きい作品のためにトップ俳優らの必要性が切実だ。 俳優は史劇自体に対する関心があったということよりは史劇シナリオがぐんぐん増えたしその過程で独特の素材を探して見たら史劇を選択することになったという点を強調する。

イ・ビョンホンは<私は朝鮮の王だ>で光海君と賎民の1人2役演技に挑戦する。 イ・ビョンホン所属会社のBHエンターテインメントのソン・ソクウ代表は“史劇をするという明確な契機があったということよりは時期的によく合った。 特に俳優として1人2役に対する挑戦地点が確実な作品だった”と伝える。 それでも彼は“以前とは違い全般的に史劇を受け入れる情緒が変わったのは事実だ。 素材とキャラクターが多様化すると演技者らも自然にそちら側に気を使うのではないだろうか”と伝える。

チャ・テヒョンの史劇挑戦もまたなじみがうすい経験だ。 <猟奇的な彼女>で編み笠使った剣客に変身したことはあるが、本格的に史劇に出演してビジュアル的に変身したのは今回が初めてだ。 <風と共に去りぬ>で朝鮮時代、民の膏血を吸い込む貪官汚吏に対抗して氷を盗む泥棒に変身したチャ・テヒョンは“台本はフュージョン形式だがかえって史劇トーンが染み出てくるようにしようと努力した。 難しいが新鮮な経験だった”と話す。 今回の作品の出演契機に対してチャ・テヒョンは“最近ぐんぐん史劇製作が増えた。 史劇シナリオもそれだけ多く入ってくる。 しかし単純に史劇なのである多技よりはどんなシナリオか、キャラクターかが選択の基準だった”と話す。

鼓舞的であることは素材とジャンルの多様化、規模面の大型化、トップスターらの相次いだキャスティングで史劇が韓国映画界に吹き込んだ新しい気勢だ。 おかげで過去の史劇が与えることができる興行に対する信頼より現在の史劇の興行にかける期待漸移ぐんぐん高まったのも事実だ。 それでも忘れてはいけないことはドラマの視聴者が必ず劇場まで続くことという盲信を捨てるべきだということだ。 史劇が映画界のトレンドに位置したスリラー物のように一つの独立したジャンルでどのように席を占めていくべきかは今の史劇ブームに先立ち忠武路に下された重要な宿題だ。

[cine21 2012-02-28] 元記事はこちらから
別窓 | [太陽抱月]放送中コラム・批評 | コメント:0 | top↑
<<正祖と世宗はなぜ何度も登場するのか [cine21史劇特集3/5] | いるぼん別館☆韓国ドラマ「太陽を抱く月」トキメキ資料室 | さあ来い、史劇がナプショッタ [cine21史劇特集1/5]>>
この記事のコメント
top↑
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

| いるぼん別館☆韓国ドラマ「太陽を抱く月」トキメキ資料室 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。