いるぼん本室からダダモレした萌えの集積救済所。キムナムギル、成均館、イジェフンネタ多し~。
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[ヨ・チング]忘れようとしても忘れることのできない少年
<太陽を抱いた月>ヨ・チング

16。 表面でも中でもたつ巻が固め打ちする男だ。 ヨ・チングは今年16になった。 変声期をすぎて声はすでに‘男’だ。 ‘ワハハハ’笑い出す時はまちがいない子供だ。 ‘-スムニダ’を自然に駆使する時はおとな、“数学や英語は課外受けています”と話す時はまた、似たり寄ったりなこの土地の平凡な青少年だ。

ドラマ<太陽を抱いた月>の皇太子イフォンの年齢も本人と類似した15だった。 15の皇太子は宮廷の塀を越えようとしたが一生を胸に刻まれなければならない初恋と会って、世の中で最も英明に見えるその13歳少女は‘死’で皇太子の胸に血豆を入れる。 全てのものを持ったが結局には何も持つことが出来ない幼い王。 ヨ・チングはそのような王にならなければならなかった。

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気品ある皇太子と無邪気な少年の間

ヨ・チングには、一介武士(ドラマ<イルジメ> <武士ペクドンス> <根深い木>、映画<サンファジョム>)で王での身分上昇がひたすら楽しいだけではなかった。 “気楽な気持ちでシナリオを読んだが本当におもしろかったんですよ。 ところでますます負担になりますよ。 ‘私がよく消化することができなければどうするだろう’悩みもなって。 ヨチングは茶目っ気が多かったり真剣なだけのキャラクターを演技したが、今度は重いけれども愛らしいキャラクターとちょっと一進一退しなければならないでしょう。 新しい演技スタイルを試みようと努力をたくさんしました。”本人の憂慮とは違いヨ・チングは皇太子の気品と少年の無邪気さをしらじらしく行き来した。 眉毛をぴくっとであり内官ヒョンソンに“御名だ、御名以来も”として命を命令する時そうしたし、ヨヌにとても自身の身分を明らかにすることができなくて“私は朝鮮の…内官だ”として‘泥棒内示’で誤認受ける時もそうした。

初恋のときめきと喪失の痛みという振幅大きい感情を表現しなければならなかった時もヨ・チングはイフォンの心を飛躍なしに伝えてくれた。 “忘れてくれといったか。 忘れるように願うか。 申し訳ないね。 忘れようとしたが君を忘れることができなかった”というイフォンの告白は多くの姉ファンたちの死んでいる恋愛細胞を起こした。 撮影会場ではキム・ドフン監督が先に予想した。 “儺礼塵煙で告白する場面を撮る時とても難しかったです。 文章がそんなに長いことはないがフォンの心がみな含まれている台詞ですね。 ところで真剣にすれば油っこいようだし、笑いながら告白しようとすればいたずららしくて…. 監督様とずっと相談したがそうされましたよ。 ‘チング、イ・ビョンホンになってみろ。’何の話なのかこんがらかるからまたおっしゃられました。 ‘イ・ビョンホンという俳優が女心を揺さぶる理由は、(感情を)ぎゅっと捉えて行って瞬間解いてまたぎゅっと捉えて行くからその演技の強弱に、感情の強弱に女たちが陥るようで。 君もそのように一度してみよう。’その話を聞いても何度NGを出しました。 そうするうちに真剣な瞬間にスーッと一度笑ってみればどうかと思ってそんなにしたが監督様が満足がりながら一言投げられましたよ。 ‘もうこの国姉らみな君のことなの!’ワハハハ。”

劇中では史上最高のロマンチスト皇太子だが現実ではご両親に愛するという言葉さえ恥ずかしがることができない無愛想な息子だ。 “好きな女の子はいたが”正式に恋愛を一度してみたことない‘母胎ソロ’でもある。 だから撮影会場だけは徹底的にイフォンで生きたという話だ。 あにはからんや、ヨヌの死を前後で嗚咽するイフォンの姿を撮影する時彼は‘今回だけはフォンになってみよう’で決心したんだ。 “ずっと台本だけ読みました。 フォンの感情を感じることだけで充分だと思いました。”充血した両目に幼い詰まって感じでよく聞こえないということ、深くしみるということと同じ感情はこれが果たして十代少年のことが合うのかと思われる程切切であった。 当然その‘玉漏’は‘人工’涙ではなかった。 “友人がたくさん尋ねましたよ。 君、目薬使ったんだろう? (笑い)今まで目薬使ったことはないです。 純粋に私の涙でした。 そのようなシーンがある日ならばできるだけあまりいたずらをしないで、あまり話さないで、一人だけの時間を持ちました。”その涙にバン感情は本物であった。

そのような意味でヨ・チングは‘よく’泣く。 ヨ・チングは泣く演技が上手で俳優でデビューすることができた。 9才にとったデビュー作<サッドムービー>オーディション場で彼はママを失った悲しみを表現しなければならなかった。 ぐるっと蹴った駅を横取りするためにオーディションに参加した他の子役俳優はの中にしくしく泣いたというのに、彼は‘ママ~’を叫んでわあわあ泣いたんだ。 それから<サッドムービー>のあるエピソードを無理なく消化した。 格別な浮気心があっていたことでもなく人々前に立てば顔が赤くなることが常な小心な子供だったがヨ・チングはある瞬間演技に対する好奇心が起こったという。 そのように始めた演技は彼に一度も退屈さを抱かせたことがない。 “簡単に真っ青になる性格なのに演技は真っ青にならないようです。 引き続き研究しなければならなくて、(以前キャラクターを)捨ててまた研究しなければならないのがおもしろいです。”幸いスランプも、思春期も“撮影して過ごして見たら思わずある瞬間スウク過ぎ去ったようだ”とする。

成人の役割、してみたい

<ジャイアント> <サンファジョム>を撮りながら会ったキム・ミョンミン、チョ・インソンのような俳優は人生の羅針盤とするのにそれだけだった。 <ジャイアント>を通じて鉄道聞いたし俳優としての心がけをぐっとつかむことができたというヨ・チングはその時‘キム・ミョンミン先輩について行こう’で考えた。

彼は<サンファジョム>の、チョ・インソンを“背がそんなに高いのに挨拶する時はからだが?技農泙譴襪箸討眩農欧蕕靴し察匹乃�韻垢襦? 現場でいちいちスタッフらを取りまとめたチョ・インソンから性格と態度に対してたくさん学んだこと。 ご両親が常に強調するのも“謙そん”だ。 “何か役を担おうがどれだけ浮かび上がろうが謙虚にならなければなければならないとそうして下さい。”だからだろうか。 学校の友人らにヨ・チングは羨望の対象としての‘芸能人’でない。 彼はかえって“サインですか? 友人は私が与えても受けません”と話す。 全校副会長というタイトルや全校50位という成績の話で話題になったことが本人はただあきれて恥ずかしい表情だ。 少し曲げられても良いでしょうに、という気がする程ヨ・チングは竹のようにまっすぐに成長していた。

時間を無駄に使いたくないと何度も強調したヨ・チングはしたいのも多い。 20歳になる前にヨーロッパ バックパック旅行をしてみたくて成人になれば運転免許を取ることだよ。 “軍隊も行ってみたいです。”おもしろい返事がまた続く。 “高校生の時成人役割をしてみたいです。”はやくおとなになりたいという意ではない。 合うこともないお父さん洋服を着たようにおとなの‘真似’を出すのは彼がさらに耐えられないことだ。 子役俳優の悩みあるいは目標を圧縮したようなあの話は恐らく特定の時期にしてこそ意味のあることらを自分中に蓄積したいという意であろう。 新しい演技に対する渇きを大事に保管したままいつか与えられる機会を‘積極的に’待つという意味。 ヨ・チングは当分学校生活に忠実なことといった。 俳優ヨ・チングの姿は下半期にでも見せることができそうだと伝えた。 ‘忘れようとしたが忘れることができなかった’というイフォンの台詞のように、太陽を抱いた少年の姿を私たちは長く記憶するだろう。 自ら光を放つ太陽になる時まで、その変態の時間を忍耐力あるように見守るのも大きい楽しみではないか。

[cine21 2012-02-09] 元記事はこちらから

※まだこれから5年、10年、ヨチングくんが演技を続ける限りその成長を見ていられるって幸せなこと^^

アップできてないヨチングくん記事多い中とりあえずひとつだけ萌え注入~。
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