いるぼん本室からダダモレした萌えの集積救済所。キムナムギル、成均館、イジェフンネタ多し~。
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太陽を抱いた月
尖鋭な政治論理と切ない愛が絶妙の調和を作り出す。 力を感じる。

多分多くの人々が見過ごしている部分であろう。 イフォン(キム・スヒョン扮)は王世子だった。 将来王位を繋ぐ高貴な身分だった。 そして王になった。 ドラマ<太陽を抱いた月>の悲劇のまた、ある理由であった。 ミンファ王女(ナム・ポラ扮)は自身の位置をわからなかったし、イフォンはそれをとてもよくわかった。

陽明君(チョン・イル扮)がホ・ヨヌの死を知ってすぐにイフォンを訪ねてきて問い詰めて尋ねたことでそれだった。 果たしてイフォンが自身の王位を歩いたとすればどうだったのだろうか? 自身の世子という席をかけて大妃(キム・ヨンエ扮)と対抗してホ・ヨヌ(ハン・ガイン扮)を守ろうとしたとすれば? たとえ陽明君という代案があるとはいうが適正者として世子が持つ名分と正統性は如何に大妃としてもむやみにできないということだった。

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朝鮮王朝600年歴史の中ですでに塞がれた世子がやめた例は太宗時のヤンニョンデグンと英祖時の思悼世子でさらに有名なチャンホン世子だけだった。 人造の時にも適正者のソヒョン世子が王位に上がる前に若死したせいで彼の代わりをして王位に上がった暁鐘は死んでまでソインからその正統性が疑問に思わなければならなかった。 政治欄小刀ない戦争だ。 論理と名分は政治という戦争に最も重要な武器だ。 ところで果たして適正者という政治的名分をむやみに放棄できるだろうか?

万一、世子が世子の席をあきらめようとする状況が広がるならば彼による政治的負担はそっくり大妃ユン氏と母方の親戚のユンデヒョン(キム・ウンス扮)に帰る。 もちろん世子と無事なのはできないだろう。 大妃ユン氏とユンデヒョンがそういう世子の要求を受け入れるならば世子は彼らにこの上なく大きい政治的な借金をすることになることになる。 それは世子に抜け出すことができないくびきで鎖になるだろう。 ただし果たして世子のイフォンにあってホ・ヨヌとはいかなる意味だったか? それ位の代価を払うほどの価値がある存在だったか?

それでイフォンは世子だったのだ。 今は王になった。 王というのは非常に孤独な席だ。 守らなければならないことがとても多いためだ。 多いだけでなく大きいほどだ。 直ちにホ・ヨヌを生かそうと大妃ユン氏とユンデヒョン一派に頭を下げることになれば将来王位に上がって彼らの専横を防ぐ方法がない。 彼らの越権と専横を防ぐことができないならばそれによって多くの人々が血を見ることになるだろう。 彼らの差し障りがない貪欲は民の人生を疲弊するようにして、国のために必ず必要な棟梁らを殺したり投げ出すことになるだろう。 必然的に国は衰弱してついに滅亡するほかはない。 彼の先祖の三兆が王が王として守らなければならないものなどを守ることができなかった時どんな結果が現れるかを断種の臣下らを通じて立派に見せていなかったかということだ。 断種に忠誠をつくしたので数多くの人々が子孫さえ残すことができなかった。

ホ・ヨヌは小さい。 いくら王として心深く彼女を愛していてもそれが世子の席と変える程ではない。 王の席と変えることはより一層違う。 すでに世子で冊封された以上世子としての義務が人間イフォンの欲望より優先する。 将来王位を受け継ぐ尊い身分としての責任が個人イフォンの感情に優先するほかはない。 決定的な瞬間イフォンはそのようにホ・ヨヌを置いて送る。 王(アン・ネサン扮)もやはり同じだ。 王もまた、それで自身の息子の陽明君の願望を一身に受けながら彼を投げ出そうとすることではなかったか話だ。 親子の当然の整理より優先することがすぐに王という席だ。

そうした点で王になったイフォンと彼の妃になった中殿ユンボキョン(キム・ミンソ扮)との尖鋭な緊張と対立は非常に写実的といえる。 もちろん朝鮮の王中でも夫婦間に夫婦仲が良かった場合がまったくなくはない。 だが、彼さえも初めて彼らが結ばれたことは徹底した政治論理にともなう取り引きの結果であった。 果たして誰でとって王様の王の最も近くに留まるようにするだろうか? 王の最も近くで次に大王位を繋ぐ子供を内包する女性は誰の一族から出るのか? 王にいてそれは将来自身の政治的基盤になる友好勢力との権力を分ける席で、官吏らの間では将来国の政治にあって主導権を誰が握るかの問題だ。 中殿とはすぐにそういう重大な任務を浮かんで宮廷で派遣される一種の政治史節と同じ存在であろう。 時にそれで中殿の席に-いや朝鮮でない世界史的にも身分が高い人にあって配偶者というのは政治的同志でまた、競争関係だった。

先大王の時にはユン氏の勢力が強かった。 それで彼らによって王の妃まで勝手に決まった。 中殿ユン氏というのはそういうユン氏の勢力が宮殿深々と受けておいた彼らの映画の証拠だ。 中殿ユン氏もまた、それを分かる。 誰が彼女を中殿で作ったし、誰が彼女でとって中殿で持ち上げられるようにするのか。 もちろん中殿というのは王の妃を置いて称する呼称だが彼女の今であるあるようにして彼女の背後になってくれるのは対応とお父さんユンデヒョンだ。 自身の一族が健在でこそ王や他の人らから無視されないことがある。 これもまた切迫するということだ。 イフォンが自身の王権のために激しく大妃とユンデヒョンと戦っているならば中殿ユン氏もまた、自身のために戦う。 宮廷というのはまさにそういう尖鋭な政治的対立の職人だ。

そういえばもしかしたらイフォンのホ・ヨヌに対する愛もやはりそのような脈絡なのかも分からない。 ホ・ヨヌのお父さんのホヨンジェ(ソヌ・ジェドク扮)はお父さんの親臣で将来イフォンが王位を受け継ぐことになれば強固な彼の後援者になってくれる人物だった。 彼の息子のホヨム(ソン・ジェヒ扮)は早目に頭角を現わした優れた人材として彼の親臣になる人物だ。 それなら彼らの娘であり妹のホ・ヨヌこそイフォンにあっても最高の選択でないか? ただしそのような過程でホ・ヨヌというある女性に好感を感じたことはできる。 だが、これもまた王としての激しい悩みと冷酷な計算の結果だったこともある。 愛を得て良くて、また、王として強固な友軍を得ることができるとまた良くて。 彼は王だ。

宮廷には怪物が生きる。 いや権力がある所にはその権力を暮らす怪物が生きていく。 イフォンと違う行く? それでも夫婦で数年を夫婦として一緒に暮らしてきたが自身の夫人に対するイフォンのあまりにもとても冷酷な態度は彼が結局王の仕事しかないということを語る。 ホ・ヨヌの代わりをするからではなかった。 ホ・ヨヌを忘れることができないからではなかった。 ユンボキョンの出身がどこかを忘れないからだ。 彼女のお父さんが誰で彼女によって誰が利益になるかを忘れなかったためだった。 ロマンスの甘さとは似合わないけれどこれもまたドラマを成し遂げる一つの軸だ。 王としてイフォンはホ・ヨヌを愛するのと同時に大妃ユン氏とユンデヒョンとも戦い抜かなければならない。 少しの間あらわれたイフォンの王としての姿がホ・ヨヌを送って流した涙ぐらい蹴って鋭い。 王そのものだ。 血だ。

とにかくドラマはミステリーを時間の流れにより順に解いていく代わりにホ・ヨヌの記憶を閉じ込めてしまった。 二重の装置をしておいたのだ。 イフォンが過去の秘密を明らかにしていく過程とそういう渦中にホ・ヨヌが自分の記憶を取り戻すことになることに対して。 ただしこの場合視聴者がよりイフォンとホ・ヨヌに移入してホ・ヨヌが記憶を訪ねて行くのを自分の事のように共感することができるようにしなければならない。 権力を間に置いて王のイフォンと権臣のユンデヒョンが尖鋭に対立する中でイフォンとホ・ヨヌの愛は過去の残酷で悲しい秘密とともにすることになる。 現実が冷酷で悲劇がすさまじいほど愛はさらに深くなる。 やはりどのように描写するかの問題であろう。 まだ見られたのがなくて判断を先送りする。 どうであれホ・ヨヌが相変らず記憶を失ったままならば-いやそれさえトリックで反戦のために準備される。 やはり見守る。

ふと見えるようなもので場面が非常に興味深い。 撃毬には馬上撃毬とポ撃毬があってドラマで見られることがすぐにポ撃毬だ。 馬上撃毬はよく考える言葉上でチェを利用して球を打つ今のポロのような競技で、ポ撃毬はそれを馬に乗らないまま楽しめるように簡略化させたゴルフに近い運動だ。 事実ゴルフが撃毬で由来したという話をしたりする時あまりにも馬上撃毬だけを思い出させるせいで説明するのが困難な場合が多かったが立派な参考資料になってくれる。 非常に考証が詳細だ。 果たして世宗もまた、そのように宮廷中で王の親戚と弓人と大臣たちとポ撃毬を楽しんだだろう。

ただしこれがまた、考証とはそれほど合わないということが、朝鮮王朝実録に三兆以後でポ撃毬がほとんど登場しないという点ためだ。 世宗当時までしても王たちも宮廷中で直接撃毬を楽しんでしていましたが、しかし王がとても遊戯に陥るのは問題といって儒学者が立ち上がったせいで三兆時は王は単にそばに撃毬を見守る観覧者の席で退いていた。 彼さえも成宗対に早ければ撃毬というのは本来の意味の武科のある科目の馬上撃毬だけを示すことになる。 本来イ・ソンゲが辺境の咸鏡道で個性に上がってきて人々に自身を知らせたのがすぐに撃毬を通じてであったが。 当時撃毬選手に対する大衆の人気はこの頃のプロスポーツ選手それ以上だった。 いったいドラマの背景になる時代はいつか? もちろん虚構というものは分かるが気になってくる理由だ。 朝鮮初期以後記録から消えたポ撃毬を直接大臣たちと行う若い王とは。

どうであれ見るのがおもしろくて良かった。 珍しいこともした。 記録では接したが実際ポ撃毬を楽しむ姿を見たことは筆者も初めてだった。 こういう面白味がすぐに史劇の面白味だ。 断片的に伝えられる記録らを具体化させると見せてくれる。 仮想の時代を背景にしたドラマなのでより一層遠慮なく見せようと思うところを見せることができる。 時には不らちで時には詳細だ。 おもしろい。

調整の主導権を置いて王イフォンは権臣ユンデヒョンと対立する。 宮廷の中では大妃ユン氏を頂点で陰険な暗闘が繰り広げられる。 そうした中でイフォンとホ・ヨヌの愛は泥沼に咲いたレンゲのように明るく美しいではないか。 線太い政治ドラマも、切ない愛の物語も、そしてもしかしたら異質であることもある要素が胸をえぐられる悲劇と一緒にするかで溶け込む。 子供たちの純粋が視聴者の心を溶かした。 時間の流れるのに伴った成人演技者での交替があたかも反転のように希望を予告する。 皆がうまく解決するだろう。

成功的な出発だった。 キム・スヒョンは非常に魅力的な俳優。 ハン・ガインはまだ不安要因がある。 しかしいつのまにかユンデヒョンをののしってイフォンとホ・ヨヌを応援する自信がある。 まともに没頭してみている。 ぜひ二人の愛が成り立つことを。 ユンデヒョンも滅びる姿も見たい。 切実な願いだ。 楽しい。

[スターデイリーニュース 2012-01-20 09:38:58] 元記事はこちらから

※長文コラム、読み込めてないんですがアップ~。
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