いるぼん本室からダダモレした萌えの集積救済所。キムナムギル、成均館、イジェフンネタ多し~。
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本から映画まで、映画'ワンドゥギ'の'理由'ある興行
秋夕連休が終わった10月から冬ブロックバスターらの空襲が始まる12月初めまで韓国劇場街は伝統的に‘パリ’飛ばすオフシーズンだ。 しかし20日封切りした映画‘ワンドゥギ’(製作_(株)ユ比喩フィルム、オナドムビス??)は観客らの好意的なうわさに力づけられて‘グロッキー’状態の劇場らに'ぴんぴん'ある活気を吹き込んでいる。

封切り一週間ぶりにオフシーズン成績としては異例的なスコアの全国観客80万人を越えた'ワンドゥギ'という平日にも10万人に肉迫する観客らを動員して相変らずグラグラ出る。 ‘ワンドゥギ’というまったくだんだんなくなりそうでなかった‘るつぼ’の途方もない波紋を寝かしたし、同日正面対立した‘小簡紙’ソ・ジソプと‘東夷’ハン・ヒョジュ主演の‘ただあなただけ’も軽くはね除けた。 ハリウッドから飛んできた恐竜ブロックバスター‘リアル スチールReal Steel’と‘三銃士3D The Three Musketeers 3D’も対応できない。 これほどになれば‘ワンドゥギ’の驚くべき興行の理由が気がかりだ。

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小説、ワンドゥギ

映画‘ワンドゥギ’という去る2008年キムニョリョン(41)作家が出版した同名の青少年小説を土台にしている。 審査委員全員一致で1回チャンビチョンソニョンムナクサンを受賞した小説‘ワンドゥギ’という発刊直後20万部がすぐに販売されたし、現在まで70万部以上の販売高を上げてステディーセルラーで位置づけた作品だ。

2008年だけでも反抗期多い10代青少年キャラクターがかたくなな既成世代に怒って起きるナレーティブの成長小説が大勢だったが、‘ワンドゥギ’のタイトルロールが徹底的に正しい道を指向する‘正しい生活青年’という点は特異だった。 学校で勉強は底、その上話よりげんこつが先に出て行く‘問題児’の条件を完ぺきに整えたが、事実これは彼に垂れた不遇で不条理な環境と社会に対する一種の適応方式だった。 さらに崩れ落ちたナイト クラブと地方市場のショー舞台を転々とするコプチュお父さん、そして一歩遅れて知ることになったフィリピンから来た不法滞留者お母さんの存在はワンドゥギを知った側にだけ押込んだ。

だが、ワンドゥギはここで止まって擦れ違わなかった。 ‘メント’を自任する‘組織暴力’先生‘ドンジュ’とこの世で最も正直な運動に通じる‘キックボクシング’の極限を経験してワンドゥギ自身が進む方向とアイデンティティを悟って行く。 このように小説‘ワンドゥギ’という都市貧民と障害者、不法滞在者と多文化家庭など深刻で重い同時代社会問題らを軽快だが絶対軽くはなく解きほぐす。 またよどみなくて才気はつらつな台詞と斬新なキャラクター、そして作品全般を支配する暖かい気勢は小説‘ワンドゥギ’を青少年から成人まで多様な読者層から熱い反応と支持を引き出すのに充分だった。

映画、ワンドゥギ

映画‘ワンドゥギ’の期待以上の興行は‘タチャ’の‘餓鬼’キム・ユンソクとTVドラマ‘成均館スキャンダル’の‘コロサヒョン’ユ・アインのあきれた化学反応にたくさん寄り添った。 事実この二人の新・旧俳優らの存在を抜けば、封切り前‘ワンドゥギ’映画自体に対する期待値がそんなに高くなかったのが事実だ。 ‘恋愛小説’と‘青春漫画’、そして‘私の愛’までずっと'ほやほや'あるメロ映画だけ作ったイハン監督演出に、すでに映画のテキストは良く知られたなじむのである。 また、浅はかな家庭環境の10代問題児が先生に会って家族の価値を悟るといったあらすじは‘グッド ウィル ハンティングGood Will Hunting’でも‘パインディン ポレストFinding Forrester’等の映画で何度も目撃したものなどだ。 ちっとも下手すると‘ワンドゥギ’という‘過剰’と‘新派’の奈落に落ちることができた。

二人の主演俳優キム・ユンソクとユ・アインはこういう断崖で‘ワンドゥギ’を救い出した。 あたかも学生時代の友人の姿を見るようなワンドゥギキャラクターは‘成均館スキャンダル’の‘アイドル’スターである以前に映画‘良いではないか‘と‘俺たちに明日はない’で‘俳優’であったユ・アインのがむしゃららしい完ぺき主義できらきらつやが出る。 愉快な個性と魅力に世の中どこかには必ずありそうな身近さがより増したドンジュは‘追撃者’ ‘亀走る’の中堅キム・ユンソクがプレゼントする生活人演技‘完成’バージョンだ。 たいてい‘道具’で浪費されてしまったことが明らかな大小の助演らも全部それぞれの悲しみと喜び、痛みと歓喜を感じる'生きている'キャラクターで描写されて二人の主演キャラクターをはっきりと補助する。 活字の中に閉じ込められていたキャラクターのさらに成功的な‘場面化(visualization)’はないことだと自ずと感じられるほどだ。

キムニョリョン作家は映画封切り前インタビューで“映画を見る観客がワンドゥギのような心臓拍動に徐々に走ったらと思って、ドンジュの当たり前のような配慮に一緒に感謝したら良いだろう"と映画に対する期待感を表わした。 映画場面が笑わせる時は力強く笑って退けて、悲しくて感動的な場面では鼻の端と目がしらがじいんとすることを願う心だ。 彼の風は‘まったく’した。 映画を見て劇場を出ればこの世には‘私’と‘君’があるのではない、‘私たちの’が存在していたという事実を悟ることになる。 ‘ワンドゥギ’の興行にはやはり理由がある。

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[アジア経済 2011-10-28 07:14] 元記事はこちらから

※いずれ日本公開発表は時間の問題でしょうが、原作翻訳版で読みたいなあ。
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